このページは、事業承継における信託の利用方法及び留意点について説明しています。

事業承継については信託が利用されることがあります。これは、信託を利用することにより、以下のメリットがあるからです。
①経営権(株主の議決権)と財産権(信託受益権)を分離することが可能である
②事業承継の時期をある程度コントロールできる
③承継方法を比較的に柔軟にカスタマイズすることが可能

ここでは、信託を活用した事業承継の具体的な方法について整理します。

1 民事信託とは(民事信託の基本)

⑴ 信託の基本的な仕組み

「信託」とはまさに信じて託すことで、委託者受託者に財産を託す方法です。なお、当該財産からの収益などを当初委託者以外とすることが可能で、そのような信託財産からの成果の給付を受けるものを受益者といいます。委託者受益者が同一になる場合を自益信託委託者受益者が異なる信託を他益信託といいます。なお、他益信託の場合、委託者から受益者へ財産の移転があったものとして、課税されることになります。

信託法という法律があり、信託の設定などは信託法で規律されています。信託法は、限定的ながら、委託者受託者が同一とすることも可能としており、これを自己信託といいます。

信託の設定は、信託法で、①信託契約による方法、②遺言による方法、③公正証書による方法が認められています。事業承継との関係では、多くの場合①信託契約による方法が利用されていますが、②遺言による方法が利用されるケースもあるようです。

信託の基本的な解説は信託協会のホームページにまとめられているのでご興味のある方は以下のリンク先を御参照下さい。

⑵ 民事信託とは

多くの信託は、信託銀行ないし信託会社が受託者となり設定され、これらは商事信託といわれます。この場合、受託者は、営業(=報酬をを得ることを目的として)として信託受託業務を行います。商事信託を行う受託者は、信託業法により様々な厳格な制約を課せられます。

事業承継で利用される信託は、商事信託ではなく、民事信託です。民事信託は、非営利の受託者を前提としたもので、非営利であれば受託者も信託業法の適用を受けません。民事信託のポイントは受託者として、信頼できる者に引き受けてもらえるかにあると考えられます(一般社団法人を設立して、受託者とする方法が取られることもあるようですが、結局、機関設計に留意が必要となります。)。なお、信託会社(信託銀行など)が、受託に応じるケースもあるようです。この場合、一定の信託報酬がかかります。
民事信託はほとんどの場合、委託者、受託者、受益者は家族です。事業承継においては、現経営者が委託者、事業承継を予定している者が受託者となることが多いものと思われます。

⑶ 事業承継で信託を利用する主なメリット

事業承継で民事信託を利用する場合の主なメリットは以下のような点が挙げられます。

経営権(議決権)と財産権(配当など)を分離することが可能です。

②長期間にわたる規律を定めることが可能です。

⓷事業承継のタイミングなどについて、柔軟な設計が可能です。

⑷ 事業承継で民事信託を利用する場合の留意点

民事信託は⑶のようなメリットがありますが、一方で事業承継で信託を利用する場合には、以下の点に留意が必要です。

信託契約書を残しておくことはもちろん、できれば公正証書にするなど、後から紛争になりにくい方法で残しておくことが重要です。また、内容については専門家(弁護士、司法書士など)に確認を取っておくことも重要だと考えます。

信託は長い期間効力を有するものですので、様々な事象に対応できるように定めておく必要があります。例えば、後継者に予定していた方が事故にあった場合、指図権者が認知症になった場合や、受託者が受託者としての業務が困難になった場合なども想定して、対応を定めておく必要があります。

③信託は税金の発生タイミングがわかりにくいため、税金(相続税、贈与税、所得税)に留意をする必要があります。税理士に確認を取っておくべきでしょう。

④民事信託に限りませんが、遺留分への配慮は欠かせません(東京地判H30.9.12)。

東京地判H30.9.12 受益者連続型信託の一部を、遺留分を侵害するものとして無効とした裁判例

裁判例の詳細を見る
被相続人甲を委託者、次男Yを受託者として、甲の所有する全不動産と現金300万円を信託財産として、甲死亡後の第1順位の受益者を長男Xが1/6、次男Yが4/6、長女Aが1/6、第2順位の受益者をYの子らとする受益者連続型信託契約が締結された。甲死亡後に、XがYに対し遺留分減殺請求などを行ったところ、本判決は以下のように説示し、信託契約の一部につき、遺留分制度を潜脱する意図で信託制度を利用したものとして無効であるとしました。
「上記認定事実によれば、甲は、本件信託において、甲所有の全ての不動産を目的財産とし、信託財産により発生する経済的利益を受益者に受益権割合に従って分配するものとしたが、甲所有不動産のうち、上記〈4〉及び〈5〉の各不動産は、これを売却しあるいは賃貸して収益を上げることが現実的に不可能な物件であること、また、上記〈1〉の不動産についても、駐車場部分の賃料収入は同不動産全体の価値に見合わないものであり、上記〈1〉の不動産を売却することも、あるいは全体を賃貸してその価値に見合う収益を上げることもできていないことが認められ、これらは本件信託当時より想定された事態であるといえることからすると、甲は、上記〈1〉、〈4〉及び〈5〉の各不動産から得られる経済的利益を分配することを本件信託当時より想定していなかったものと認めるのが相当である。
  加えて、上記認定のとおり、甲が本件信託前に行った本件死因贈与は、甲の全財産の3分の2をYに、3分の1をAにそれぞれ死因贈与するという、Xの遺留分を侵害する内容のものであったこと、本件信託は、甲の全財産のうち全ての不動産と300万円を目的財産とし、Xに遺留分割合と同じ割合の受益権を与えるにとどまるものであったことからすると、Xが遺留分減殺請求権を行使することが予想されるところ、仮に、Xが遺留分減殺請求権を行使し、本件信託におけるXの受益権割合が増加したとしても(なお、遺留分減殺の対象を受益権とみるべきことは、後記3のとおりである。)、上記〈1〉、〈4〉及び〈5〉の各不動産により発生する経済的利益がない限り、Xがその増加した受益権割合に相応する経済的利益を得ることは不可能である。
  そして、・・・受益権の取得請求によっても上記各不動産の価値に見合う経済的利益を得ることはできない。そうすると、甲が上記〈1〉、〈4〉及び〈5〉の各不動産を本件信託の目的財産に含めたのは、むしろ、外形上、Xに対して遺留分割合に相当する割合の受益権を与えることにより、これらの不動産に対する遺留分減殺請求を回避する目的であったと解さざるを得ない。
  したがって、本件信託のうち、経済的利益の分配が想定されない上記〈1〉、〈4〉及び〈5〉の各不動産を目的財産に含めた部分は、遺留分制度を潜脱する意図で信託制度を利用したものであって、公序良俗に反して無効であるというべきである。
 ・・・・・信託契約による信託財産の移転は、信託目的達成のための形式的な所有権移転にすぎないため、実質的に権利として移転される受益権を対象に遺留分減殺の対象とすべきである。
  Xは、この点を前提としつつ、本件信託においては、明らかに遺留分制度の潜脱を狙ったものであることからして、その実質は、受託者への所有権移転行為、つまり受託者への死因贈与に類似するものというべきであり、信託財産の移転行為が遺留分減殺請求の対象となると解すべきであると主張する。しかし、上記2で述べたとおり、本件信託のうち売却、運用の予定されている不動産に関する部分については、受益者たるXに信託財産より発生する経済的利益を与えるものであるし、遺留分制度の潜脱とは認められないため、Xの主張は採用することができない。」

⑤やや例外的な場合ではありますが事業承継で信託を利用する場合で後継者以外も受益者となる場合、事実上創業家の複数の者で運営することになることから、指図権行使方法、運営方法の検討(アドバイザリーとして第三者を入れる方法も考えられる)、信託から離脱したい者が出た場合の手当なども検討をしておく必要があります。

⓺民事信託を設定する場合に、実務的には、信託口座の開設に苦労することがあります。日弁連が2020年9月に信託口口座開設等に関するガイドラインを公表したことから、最近では銀行も比較的柔軟に対応するようになってきたようです。個別に取引金融機関にご相談してみてください。信用金庫が比較的積極的に対応してくれているようです。

2 事業承継で利用される具体例

事業承継のうち、従業員への承継や、第三者への承継の場合も民事信託が利用される場合はあるようですが、利用される場合のほとんどは親族内(端的には子供)承継で信託は利用されていますので、以下は親族内承継における信託の利用を前提とします。

⑴ 対象会社株式を信託財産とする信託の設定

事業承継において利用される信託は、対象会社株式を信託財産として(この場合、株主名簿に当該株式が信託財産となっていることを記載する必要があります)設定します。
委託者は現経営者となります。
受託者は、後継者とする場合と、現経営者(自己信託)がなる場合が考えられます(それ以外の信頼できる第三者とすることも理論上は可能です)。なお、後継者とする場合、受託者が株主となるため、議決権は受託者たる後継者が行使するのが原則となりますが、委託者を指図権者として定めることで、委託者が議決権を行使するようにすることが可能です。

受益者は、大きく、現経営者を委託者兼受益者とする自益信託とする場合と、後継者を受益者とする他益信託とする場合に分けられます。受託者は、後継者とすることが一般的かと思われます。
自益信託にする場合は、経営者に一定の事由が生じた場合に、後継者に受益権が譲渡される旨の取り決めをしておくことが考えられます。あるいは、経営者に一定の事由が生じた場合に、後継者に受益権が譲渡されるように定めておくこともできます。
他益信託にする場合、議決権を受託者が行使する場合と、議決権の指図権を委託者(現経営者)に残しておく場合が考えられます。なお、他益信託の場合、贈与税、所得税(相続税法9条の2第1項、所得税法13条1項)に留意する必要があります。

⑵ 自益信託の具体的な活用方法

自益信託として活用されるのは、主に以下ものとなります。

遺言代用信託(信託法90条1項)
委託者が死亡した場合に、後継者が受益権ないし信託財産に関する給付を取得する旨を定めるものです。遺言代用信託には、①委託者である自分が死亡により信託を終了させ、信託財産を一括給付する帰属権利者を指定しておくものと、②委託者である自分が死亡しても信託は終了せず、信託財産を分割(定期)給付する受益者を指定しておくものがありますが、事業承継との関係では②が使われます。
遺留分に配慮し、他の相続人にも受益権を譲渡しつつ、受託者を後継者とし議決権行使は後継者に集約することも考えられます。また、他の相続人にも受益権を譲渡しつつ、指図権だけは後継者のみが行使できるように設計することも可能です。

停止条件付信託・停止期限付信託
現経営者が認知症になったことを条件に、後継者が受益権を取得する旨定めるものです。あるいは、信託設定から一定期間の経過をもって、後継者が受益権を取得する旨定めるものです。なお、贈与税、所得税(相続税法9条の2第1項、所得税法13条1項)に留意する必要があります。
遺留分に配慮し、他の相続人にも受益権を譲渡しつつ、受託者を後継者とし議決権行使は後継者に集約することも考えられます。また、他の相続人にも受益権を譲渡しつつ、指図権だけは後継者のみが行使できるように設計することも可能です。

⑶ 受益者連続型信託(信託法91条)

受益者連続型信託とは、現受益者が死亡した場合に、予め予定された受益者に承継されることを定めた信託をいいます。受益者の変更に回数の制限はないため、例えば現経営者が最初の受益者となり、自分が死亡した場合には特定の子供、当該子供が死亡した場合に特定の孫に承継することも定めることが可能です。但し、当該信託がされた時から30年を経過した後はたな承継は一度しか認められていません(信託法91条)。なお、長期間の承継を定める場合は、不測の事態(承継を予定していた子供や孫の急死など)に対応できるように、きめ細かく定めておくことが重要です。

⑷ 参考資料

少し古いですが、中小企業庁に「信託を活用した中小企業の事業承継円滑化に関する研究会」が発表した「中間整理~信託を活用した中小企業の事業承継の円滑化に向けて~」がよくまっていますので、中小企業庁のリンク先を以下に載せておきます。