このページは、M&Aの契約における表明保証条項について説明しています。

「表明保証」という言葉は、一般的にはあまりなじみがありませんが、一定の事項について、事実と相違ない旨を「表明」し、事実であることを「保証」するといった意味で使われます。M&Aの契約だけで使われるものではありませんが、M&Aの契約においては、一般的に使われています。

1 表明保証の効果・留意点等

⑴ 表明保証の効果

M&A契約において、売主は買主に対して、表明保証責任を負うことが一般的です。表明保証の効果としては、表明保証違反があった場合に違反者の相手方は解除できると定めることもありますが、多くの場合には、違反者に損害賠償請求できると定めます。

⑵ DDと表明保証の関係について

表明保証違反がないとされた裁判例を見ると、資料が開示されていたことを理由に否定したもの(東京地判H23.4.19、大阪地判H23.7.25)があります。

これらの裁判例から、DDにおいて可能な限り譲受人候補者に資料を提供することで、売主の責任が免除される可能性があることがわかります。

また、情報開示と表明保証違反の関係を契約で明らかにしておくことも重要と考えられます。例えば、開示した資料からわかる事実について売主は責任を負わないということであれば、「本契約において再生債務者の表明保証が正確なものでなかったとしても、譲受人がクロージング前にかかる事実を認識し又は譲渡人から開示を受けた資料よりかかる事実を認識しうる場合は、譲渡人は一切の責を負わない」といった文言を契約書にいれておくと明確になります。

⑶ 表明保証の定め方について

他にも、表明保証違反を否定したものとしては、表明保証の対象が狭かったため表明保証違反を否定したものがあります(東京地判19.9.27)。

事後の紛争を避けるという意味では、買主がどのような場合に、どの範囲で責任を負うかを、できるだけ契約書で明確にしておくことが重要であることがわかります。実務的には、売主買主間で妥結をするために「おそれ」とか「重要な」といった言葉を使う事例も多く見られますが、いざ裁判になると、このようなあいまいな表現は、かえって火種を増やすことになります。難しいところですが、表明保証の範囲はできるだけ明確にすべきです。

2 参考裁判例

⑴ 表明保証違反がないとされた裁判例

東京地判H23.4.19
買主Xが売主Yの表明保証違反を理由として損害賠償請求をした事案で、「Yが、Xの主張するように、本件契約上表明保証の対象たる事項について『重要な点で』不実の情報を開示し、あるいは情報を開示しなかった事実は認められないというべきである。また、・・・Xが本件契約を実行するか否かを判断するに必要な情報は提供されていたというべきであって、本件契約上の義務に違反したものであったとは認められない。」として、Xの請求を棄却しました。

大阪地判H23.7.25
買主Xが売主Yの表明保証違反を理由として損害賠償請求をした事案で本判決は、表明保証条項違反が存することは認めたましたが、Yの説明及び開示した資料が「Xのために本件DDを受託した担当者が、税務当局による本件指摘の可能性を認識し、甲社の資産価値に影響を及ぼす事情の存在を直ちに理解するに十分な程度の開示であったと認められ」、免責条項を満たすとして、結論としては、Xの請求を棄却しました。

東京地判H19.9.27
X社とY社は資本提携につき合意し、Y社がX社の51%保有し、X社の名称もY社グループであることがわかるものにするなどの変更を行ったところ、Yにつき粉飾決算が明らかとなり、Yの代表者等が逮捕される事態に至りました。そこで、XがY及びその代表者等に対し、損害賠償請求訴訟を提起したところ、本判決は、Yが粉飾決算等の違法行為がないことを積極的に表明をしていなかったことや、Xからも積極的に質問等をした形跡がないことなどを理由にXの請求を棄却しました。

東京地判R2.3.6
海外の公租公課の支払にかかる表明保証の対象が問題となった事案で、請求を棄却しました。

東京地判R3.3.26
労働法令違反が問題となった事案で、対象会社の事業継続を困難とする客観的事由には当たらないとして、請求を棄却しました。

⑵ 表明保証違反を認めた裁判例

東京地判H18.1.17
買主X売主Y間の株式譲渡契約について買主Xが売主Yに表明保証違反に基づく損害賠償請求をした事案で、「Xが、本件株式譲渡契約締結時において、わずかの注意を払いさえすれば、・・・を発見し、Yらが本件表明保証を行った事項に関して違反していることを知り得たにもかかわらず、漫然これに気付かないままに本件株式譲渡契約を締結した場合、すなわち、XがYらが本件表明保証を行った事項に関して違反していることについて善意であることがXの重大な過失に基づくと認められる場合には、公平の見地に照らし、悪意の場合と同視し、Yらは本件表明保証責任を免れると解する余地があるというべきである。」としつつ、「企業買収におけるデューディリジェンスは、買主の権利であって義務ではなく、主としてその買収交渉における価格決定のために、限られた期間で売主の提供する資料に基づき、資産の実在性とその評価、負債の網羅性(簿外負債の発見)という限られた範囲で行われるものである。・・・XがYらが本件表明保証を行った事項に関して違反していることについて善意であることがXの重大な過失に基づくと認めることはできない。」として、買主Xの請求を概ね認めました。

東京地判H19.7.26 
譲渡人側から譲受人側に対して、十分かつ正確な情報開示がされる必要があることもまたいうまでもないところであるといわなければならない。」とし、譲渡人の提供した情報に重大な相違や誤りがあった場合に譲渡人は責任を負うとして、譲受人の請求の一部について認めました。

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Xが、Y(正確には複数)の子会社全株式を買収したところ、当該子会社の資産は株式譲渡契約締結前に説明していたものよりもはるかに価値の低いものであったとして、XがYらに同契約上の補償条項に基づき損害補償を請求しました。本判決は以下のように説示して、Xの請求を一部認めました。
「本件基本契約12条1項には、X及びYらは、同契約11条の事実の表明及び保証が真正又は正確でなかったことに起因して生ずる相手方の損害を補償すると規定されている・・・。ところで、企業を買収するかどうかの決定、あるいはその対価の決定に当たっては、その対象となっている企業が保有する資産や負担している債務の状況等に関する情報を正確に把握し、それに基づいて企業の価値やその将来性等を的確に判断する必要があることはいうまでもないところである。そして、これらの情報は、それまで買収対象企業の経営に当たってきた譲渡人側においては十分に把握しているはずのものである一方、企業を買収しようとする譲受人側においては、十分に把握することのできないものなのであるから、譲渡人側から譲受人側に対して、十分かつ正確な情報開示がされる必要があることもまたいうまでもないところであるといわなければならない。本件基本契約12条1項の規定も、このような情報開示の重要性にかんがみ、Yらが十分かつ正確な情報開示を行ったことを保証するとともに、情報開示が不十分であったために原告に侵害が生じた場合には、損害補償を行うべきことを定めたものであると解される。
 もっとも、譲渡人側による情報開示の重要性は上記のとおりであるとしても、買収対象企業の財産や負債の状況等を把握するための事項を完璧に、かつ全く誤りなく開示することは極めて困難である上(しかも、見方の違いということもあり得るわけであるから、すべての事項について、誰の目からも異論のない「正しい」情報開示をするということは、そもそも困難であるといえる。)、企業価値やその将来性の判断に当たって、買収対象企業の状況を細大漏らさず把握する必要があるとまで必ずしもいえないのであるから、考え得るすべての事項を情報開示やその正確性保証の対象とするというのは非現実的であり、その対象は、自ずから限定されて然るべきものである。具体的には、本件基本契約書11条は、企業買収に応じるかどうか、あるいはその対価の額をどのように定めるかといった事柄に関する決定に影響を及ぼすような事項について、重大な相違や誤りがないことを保証したもので、同12条1項は、その保証に違反があった場合に損害補償に応じる旨を定めたものであると解するべきであり、同契約書11条〈5〉が財務諸表の内容が「重要な」点において正確であることを、同条〈6〉が「重大な」不利益が存在しないことを、同条〈16〉が「重要な事項」について記載が欠けていないことを、それぞれ保証する旨を定めているものを、その趣旨に基づくものであると解される。
 したがって、以下においては、以上の検討結果を踏まえ、被告らが提供した情報に、上記のような意味において、重大な相違や誤りがあったのかどうかを検討することとする。・・・・以上のとおりで、本件基本契約11条違反をいうXの主張は、甲店の中途解約にかかる違約金1945万5000円についての説明義務違反を主張する限度で理由がある。」

東京地判H24.1.27 
表明保証条項を個別に判断し、株式譲渡契約の譲渡人の表明保証違反を認めました。

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Xが、Yとの間で、Yが代表取締役を務めていた甲社の発行済み株式の全部をYから譲り受ける旨の株式譲渡契約を締結しましたが、Yが同契約における利益・事業の予測、在庫・設備の状況に関する表明保証に違反していたため損害を被ったとして、XがYに対し、同契約上の損害賠償及び補償条項に基づき、損害賠償等を求めました。本判決は以下のように説示して、Xの請求を概ね認めました。
「したがって、上記在庫品は商品価値のないものであるといえるが、Yは、Xに対してこの事実を開示していなかったから、本件株式譲渡契約中、甲社に悪影響を及ぼす資産がなく(三条五項二号)、同社の事業活動に必要な資産は全て良好に整備され、かつ良好な稼働状況にある(同項四号)との表明保証に違反したと認められる。・・・よって、上記事実は、本件株式譲渡契約中、甲社の事業活動に必要な資産は全て良好に整備されている(三条五項四号)との表明保証に違反したと認められる。」

東京地裁H28.6.3 
この事件は、株式譲渡契約において、対象会社に簿外債務があることが後からわかった事案で、裁判所は全面的に、原告(譲受人)の請求を認めました。

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Xが、Yから甲社の株式を譲り受ける旨の契約を締結したところ、同契約では、甲の純資産が基準日現在の純資産と比較して増加又は減少した場合には、譲渡価格から増減分を調整し、精算を行うこと、Yは、甲に簿外債務が存在しないことを表明保証し、仮にそれが真正でなかったことにより原告に損害が生じた場合には、その損害を賠償し又は譲渡価格の変更に応じることが合意されていたことを前提に、XがYに表明保証違反による損害賠償請求等を行ったものです。本判決は以下のように説示して、Xの請求を概ね認めました。
「本件のような株式譲渡契約において、譲渡代金を精算する旨の条項が設けられる趣旨は、譲渡価格決定の基礎となる対象会社の財産状況が試算された日(基準日)から実際の株式譲渡日までの間に、対象会社の流動資産自体又はその評価に変動が生じる可能性があることを考慮してのものであると解されるのであって、本件契約書添付の別紙に記載された貸借対照表に「*」(現金化可能なものを評価)や「#」(基準日における計数に置換)の注書きが付されているのは、かかる可能性がある項目についてであると認められる。しかるに、不動産は、固定資産であって、基準日から株式譲渡日までの間という比較的短期間(本件では約一か月半)であれば、かかる変動が生じる可能性は低いというべきであるから、精算金の額を計算するに際して考慮するべき資産とはならないと解するのが相当である。
・・・事故対策費のうち、・・・北洋銀行の預金口座に預け入れられていた分・・・については、本件契約の際に基礎とされた甲の帳簿に記載されておらず、簿外債務であったと認められ、・・・Xは、・・・損害を被ったと認められる。」

東京地裁H27.6.22(東京高裁H27.12.02 控訴棄却)
この事件は、事業譲渡契約において、譲渡人Yが対象会社甲の現在行っている事業のために必要な行政当局の許認可、免許等は全て適法に取得されていることを表明保証した事案につき、引渡しを受けた工場のクリーンルームに、消防法等に違反する数量の危険物等が貯蔵され、同法による行政当局の許可を受けていなかっことが表明保証違反にあたるとしたものです。ただし、譲受人Xは、Xが消防法違反解消のため要した工事費用全額を請求しましたが、Xが過大な工事をしたとして、全額は認められず一部のみを認めた事案です。

東京地判H27.9.2
買主Xが売主Yの表明保証違反を理由として損害賠償請求をした事案で「株式譲渡契約における一般的・抽象的な表明保証条項違反について、株式の譲渡人が責任を負うための要件として、譲受人が善意無重過失であることが必要となると解する余地があることは、Yらが主張するとおりである。」としつつ「しかし、本件保証条項は、いわゆる一般的・抽象的な表明保証条項とは異なり・・・、具体的に、甲社の月次決算における現預金残高が850万円に満たない場合に備えて、譲受人であるXの利益を保護するために、Yらの差額の保証責任を認める条項である。そうすると、Xは、いわば本件保証条項違反の事実について、常に悪意であることとなり、その適用に際し、Xが悪意重過失でないことが要求されるとすれば、本件保証条項は、およそ適用の余地のない規定となるが、これが当事者間の合理的意思に反することは明らかであって、この点に係る被告らの主張は、採用することができない。」として、Xの請求を一部認めました。

東京高判H30.10.4
甲社の株式に関する売主Yと買主Xの株式譲渡契約で、Yが甲社は公租公課について適正な申告を行っており納付を完了していること、その他株式譲渡の内容に関する買主の判断に影響を及ぼす情報及び当該会社の経営に影響を与える事実が存在しないことを表明・保証したのに対し、甲社には法人税等の申告漏れがあり、多額の未払租税債務があったことにより、買主Xの表明保証違反に基づく損害賠償請求が認められました。なお、XがDDを行った点については「Xがデューデリジェンスに精通しており、また、甲社についてデューデリジェンスをしていたとしても、本件売上除外及び本件仕入れについての所定請求書等の不保存については、・・・Xが本件契約の締結前に認識するのが困難であるので、Xがこれらを認識しなかったことに過失があるとはいえない。」と説示しました。

東京高判H30.12.26
信託業を営む甲社に関する売主Yと買主Xの株式譲渡契約で、Yが甲社に適用される日本の法令の重要な点について全て遵守してきた旨の表明・保証したのに対し、甲社が、犯罪による収益の移転防止に関する法律に違反していたことについて、表明保証条項違反が認められました。

東京地裁H31.2.27
株式譲渡契約の表明保証違反が問題となった事案で、当該譲渡契約の中の、「株式譲渡及びこれに関する取引に関する当事者の完全な合意であり、本締結日以前に本件株式譲渡及びこれに関する取引に関して各当事者間で交わされた文書、口頭を問わず、いかなる取決めも全て失効するものとする」(完全合意条項)の解釈が問題となった事案。裁判所は「同条項は、その文言に照らすと、当事者間の予測可能性を確保することを目的としたいわゆる完全合意条項であるというべきであり、本件株式譲渡契約が締結されるまでのやり取り等の経緯にかかわらず、本件株式譲渡契約の合意の内容は、専ら本件株式譲渡契約書に記載されたとおりに解釈されるべき旨を定めたものと解するのが相当である。そして、・・・本件株式譲渡契約書の「別紙1-〈2〉」(11)にいう「解約不能又は解約に際して重要な解約金が発生するような契約」とは、その記載のとおりに解釈すると、解約権が留保されていない契約又は解約権が留保されているものの解約権を行使した場合には重要な解約金が発生する契約を意味するものと解するのが相当である。」と説示して、買主Xの請求を認めました。

東京地判R2.10.26

東京地判R3.5.11

⑶ 株式譲渡後は、表明保証違反を理由に売買代金の支払いを拒めないとした裁判例

東京地裁H25.1.28 
XY間の株式譲渡契約は、譲渡代金が株式引渡日に一部支払われ、残金は後に支払われる約定であった。買主Yが売主Xに表明保証違反があるとして、買主Yが残金の一部を買主が支払わなかったため、売主Xが買主Yに対して、残金の支払いを求めた事案。裁判所は、「本件表明保証に違反する点があったとしても、Yにおいて第一回支払期日までに本件株式の譲渡の実行を受けながら、クロージングの日である第二回支払期日までに前記権利を行使しない場合には、その後は表明保証違反を理由に、損害賠償請求ができるにとどまり、契約解除が制限されるのと同様の趣旨で、もはや本件条項に基づき代金の支払を拒絶して取引から離脱することは許されないというべきであるし、ましてや取引から離脱することなく代金の支払を拒絶することも許されないというべきである」としてXの請求を認めました。なお、Xは資料開示をしており、表明保証違反自体もないとしています。