このページは、事業譲渡の事業譲渡会社側の手続及び義務などについて説明しています。

事業譲渡は、破産、民事再生などの法的倒産手続においても破産会社や再生会社から優良事業を譲渡する形で利用されていますので、それらの場合についても触れています。

1 標準的な事業譲渡会社の手続(条文は会社法)

標準的な事業譲渡会社の手続は以下のとおりです。

   時系列     備考
トップによる事業譲渡の大筋合意必要に応じて公正取引委員会、金融商品取引所、監督官庁等に対する事前相談
LOI(基本合意書)締結にかかる取締役会承認適時開示、臨時報告書の提出が必要な場合もあります。
譲受会社によるDDDDルームの設置・外部専門家の活用・担任の選任など
取締役会承認(362条4項1号
⇒事業譲渡契約締結
LOI締結時に適時開示、臨時報告書の提出を行っている場合は、適時開示の訂正及び訂正報告書の提出が必要な場合もあります。
また、株主総会の招集や基準日も決定する必要があります。
従業員説明会法定の手続きではありませんが,公表後すみやかに従業員説明会を開催することが一般的です。
基準日公告(124条3項株主総会の2週間前まで(なお、株主が少数であったり,非公開会社であれば基準日設定が不要な場合もあります)
株主総会の招集通知(299条1項原則として総会の2週間前まで(公開会社でない場合は、原則として1週間前まで)  
株主総会の特別決議467条、309条2項決議要件は、定款により変更されている場合があります。
株主に対する通知又は公告(469条3項、4項事業譲渡の効力発生日の20日前まで
反対株主の株式買取請求469条事業譲渡の効力発生日の20日前の日から効力発生日の前日まで。ただし、事業全部の譲渡に関する事業譲渡契約承認の株主総会決議において、同時に会社解散の決議を行った場合には、株式買取請求は認められていません(469条1項但書)。
事業譲渡実行日対抗要件具備等諸手続きを行います。

【参考裁判例】最判S61.9.11 株主総会の承認を経ない事業譲渡は当然に無効であり、かかる無効は譲受人からも主張できるとした判例

2 手続における例外

会社法上、以下の場合、株主総会決議は不要とされています。

⑴ 簡易な事業譲渡

譲渡対象資産の帳簿価格が、譲渡会社の総資産の5分の1を超えない場合(これを下回る割合を定款で定めた場合は、その割合)は、株主総会の決議は不要です(会社法467条1項2号括弧書)。

⑵ 略式事業譲渡

総議決権の10分の9以上(定款でそれ以上に定めた場合はその割合)を単独で又は全株式や全持分を有する法人と併せて保有する会社(孫会社等を含む)に事業譲渡する場合は、株主総会の決議は不要です(468条1項)。

⑶ その他

産業活力の再生および産業活動の革新に関する特別措置法による支援措置を得ることができた場合は、略式事業譲渡の要件緩和や債務の承継に関する債権者のみなし同意といった特例の適用を受けることができます。

3 法的手続における手続

上記の標準的な手続は、法的手続において以下のとおり変更されています。

⑴ 破産手続

破産者の財産の管理処分権は、破産管財人に専属しているので(破産法78条1項)、破産管財人は、会社法上の手続きを経ることなく事業譲渡を行うことができます。

ただし、管財人は、事業の全部又は重要な一部の譲渡について、裁判所の許可を得る必要があります(破産法78条2項)。

⑵ 民事再生手続

再生計画によって行う方法と再生計画によらずに行う方法があります。

再生計画によらずに行う場合は、裁判所の許可を得る必要があります(民事再生法42条)。
再生計画によって行う場合は、再生計画案の認可手続によることになります。

いずれの場合も原則として株主総会の特別決議が必要ですが、株主総会特別決議に代わる裁判所の許可を得た場合は、株主総会の特別決議や株主への通知又は公告を経る必要はなく、株主の株式買取請求権も認められません(民事再生法43条)。実務的には、裁判所の許可で処理することがほとんどだと思われます。

⑶ 会社更生手続

更生計画によって行う方法と更生計画によらずに行う方法があります。

更生計画によらずに行う場合は、裁判所の許可を得た上で事業譲渡を行います(会社更生法46条)。
更生計画によって事業譲渡を行う場合は、更生計画案の認可手続きによることになります。

いずれの場合も、株主総会の特別決議を経る必要はなく、株主の株式買取請求権も認められません(会社更生法46条10項、210条1項、2項)。

⑷ 特別清算手続

判所の許可を得た上で事業譲渡を行います(会社法536条)。

なお、事業の重要な一部の譲渡については、譲渡する資産の帳簿価格が、清算株式会社の総資産額の5分の1を超えない場合(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)、事業譲渡についての裁判所の許可は不要ですが(会社法536条1項2号括弧書き)、譲渡価額が100万円を超えるときは、財産の処分としての裁判所の許可が必要です(会社法535条1項1号)。

株主総会の特別決議や株主への通知又は公告を経る必要はなく、株主の株式買取請求権も認められません(会社法536条)。

4 譲渡会社の主な法律上の義務

譲渡会社の主な法律上の義務は以下のとおりです。

⑴ 競業避止義務(会社法21条

同一の市町村(東京都の特別区の存する区域及び地方自治法252条の19第1項の指定都市にあっては、区。以下この枠内において同じ。)の区域内又はこれと隣接する市町村の区域内において,競業避止義務を負います(1項)。なお、事者間の合意で免除することは可能です。
譲渡会社は、不正の競争の目的をもって同一の事業を行ってはならないものとされます(3項)。

東京地判R5.10.20 会社法21条1項に基づく残存事業の一部の差止が認められた事例

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甲市内で兄妹がY社で肉屋と焼肉店を営業していたところ、兄妹の子の代で不和が生じたため、一方がX社を設立しY社から肉屋部分の事業譲渡を受けた。本件は、X社が、Y社が焼肉店で従前から営んでいた焼肉店で行っていた販売事業について、YはXに精肉及び惣菜の販売に係る事業を譲渡したにもかかわらず、甲市内等において同一の事業を行っているとして、会社法21条1項に基づき、精肉及び惣菜の販売を目的とする事業を営むことの差止めを求めた事案です。本判決は以下のように説示して、Xの請求を認めました。
事業譲渡に当たり譲渡会社が譲渡した事業と同一の事業について競業避止義務を負うことは、会社法21条1項において明確に定められていること、本件事業譲渡契約において譲渡の対象となる事業、すなわち現実の店舗において精肉及び惣菜を販売する事業においては、販売方法に違いがあったとしても、市場や顧客が競合していると認められるものであることに鑑みれば、譲渡の対象となる事業について販売方法による限定を付すか否かは、特に競業避止義務を負うことになるYにおいて、事業譲渡に向けた交渉に当たり重要な検討事項となるべきものであって、Xとの間で明示的に合意をしておくべき事項であると考えられる。それにもかかわらず、本件事業譲渡契約に係る契約書には、譲渡の対象となる本件事業に関し、その販売方法が客の注文に応じた一対一の対面販売であるものに限定される旨は明記されていないし・・・、本件全証拠によっても、XとYとの間で、そのような限定を付す旨の合意が明示的にされたと認めることはできない。・・・本件事業は、現実の店舗において、精肉及び惣菜を販売する事業であるところ、Yは、顧客が来店する店舗である(省略)において、精肉である冷凍した加熱前の調理用の肉をスライスないしカットしてパック詰めした商品や惣菜である鰺フライ、牛肉コロッケなどを販売していることが認められる。したがって、Yは、本件事業と同一の事業を行っていると認められる。」

⑵ その他の開示義務

上場会社の場合には適時開示が必要となる場合があります。
また、有価証券報告書提出会社の場合、臨時報告書の提出が必要となる場合があります。