このページは、事業譲渡における商号続用(会社法22条)に関する注意点の説明や裁判例の紹介をしています。

譲受会社が譲渡会社の商号を使用した場合、原則として、譲受会社は譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負うとされています(会社法22条1項)。この定めが、議論の出発点になります。

1 商号続用(会社法22条)の場合の原則

事業譲渡においては、特に商号の続用が問題となります。商号にブランド価値がある場合、商号変更により顧客が離れてしまう可能性があるためです。

譲受会社が譲渡会社の商号を使用した場合、譲受会社は譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負うとされています(会社法22条1項)。これが原則になります。

2 例外

上記原則には、以下の例外があります(会社法22条2項)。

①事業を譲り受けた後、遅滞なく、譲受会社がその本店の所在地において譲渡会社の債務を弁済する責任を負わない旨を登記した場合

②事業を譲り受けた後、遅滞なく、譲受会社及び譲渡会社から第三者に対しその旨の通知をした場合

ただし、当該登記をしても譲受人が債務引受をするように振舞った場合には、信義則上、支払を拒絶することができないとされることもあります東京地判H12.12.21)。

東京地裁H12.12.21商法26条2項(会社法22条2項)の登記をしていても、譲受人が債務引受をするように振舞った場合には、信義則上、商号続用の責任を免れないとした裁判例

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甲に対して債権を有していたXが、甲から事業譲渡を受けたYに対し、商号続用責任(当時:商法26条1項)に基づきYに支払いを求めました。なお、Yは譲渡会社の債務を弁済する責任を負わない旨の登記をしていました。
本判決は「Yは、対外的には訴外会社自体であるかのように振る舞い、かつ、実質的にも訴外会社の業務を受託して債務を一部履行し、かつ、残部も履行するかのように行動してきたのであって、訴外会社の債権者らは、Yを訴外会社と同一主体であると信じ、仮に別主体であるとしてもYが訴外会社の債務を引き受けたものと信じていたのであるから、かかる事情の下では、Yが、本件登記の存在を理由に、Xに対し、訴外会社の債務の支払を拒絶するのは、信義則に反するものといわざるを得ない」としました。

3 商号続用に関する参考裁判例

⑴ はじめに

商号の続用を認め(ないしは類推適用して)、譲受会社に譲渡会社の債務を弁済する責任を認めた裁判例はかなりあります。裁判例を見ると、商号の類似性だけでなく、実体(事業内容が同じかどうかなど)も含めて、商号の続用の有無を判断していることがわかります。なお、不当に債務を免れるために事業譲渡をしような場合には、事業譲渡の事実自体を争うケースが結構あります。このような場合には、事業譲渡があったと認定されたうえで、商号の続用が認められているものも多いです。

⑵ 商号の続用を認めた裁判例

個人企業が法人成りした場合の事例

裁判例商号続用の具体的な内容(「甲」には具体的な名称が入る)
東京地裁S34.8.5個人商店であった「甲洋品店」が、「株式会社名甲品店」に事業譲渡
神戸地裁S41.8.27「甲」が、「有限会社甲」に事業譲渡。営業場所等に変更がないこともなども勘案して続用にあたるとした。
大阪地裁S47.1.31個人営業の「建装工房甲」が「甲建装株式会社」に事業譲渡(事業譲渡の事実そのものが争われたようです)
水戸地裁S53.3.14個人営業の「甲自動車運送店」が「甲運送株式会社」に事業譲渡(事業譲渡の事実そのものが争われたようでです)

会社の種類が同じで、商号の類似性が争われた事例

裁判例商号続用の具体的な内容(「甲」、「コウ」、「A」には具体的な名称が入ります)
東京地裁S42.7.12「甲株式会社」が、「甲工業株式会社」に事業譲渡。経営の実体が同一であることなども勘案して続用にあたるとした。
神戸地裁S54.8.10「株式会社甲」が「株式会社甲製靴」に事業譲渡(事業譲渡の事実そのものが争われたようです)。
東京地裁S55.4.14「株式会社甲」が「甲株式会社」に事業譲渡(事業譲渡の事実そのものが争われたようです)。
大阪地裁S57.9.24「甲株式会社」が「株式会社コウ」に事業譲渡(事業譲渡の事実そのものが争われたようです)
東京地裁H15.6.25「株式会社甲」が「株式会社甲リフォーム」に事業譲渡(事業譲渡の事実そのものが争われたようです)
東京地判H27.10.2「株式会社甲」(英語表記の略称として「A」という名称を利用していた)が「株式会社A」に事業譲渡(事業譲渡の事実そのものが争われたようです)

会社の種類が異なる事例

裁判例具体的な商号続用の内容(「甲」には具体的な名称が入ります。)
東京地裁47.8.30「甲合資会社」から株式会社Aに事業譲渡した後、同合資会社の解散後にA社が「甲株式会社」へ商号変更
東京高裁56.6.18「有限会社甲電化センター」の電化部門を「株式会社甲家庭電化センター」に事業譲渡

現物出資について、類推適用を認めた事例

裁判例商号続用の具体的な内容(「甲」には具体的な名称が入ります。)
最判S47.3.2個人営業の「甲組」の営業を現物出資して設立された「株式会社甲組」につき、類推適用を認めた。

【近時の追加裁判例】

東京地判H29.11.27 事実上事業譲渡がなされた会社に対する会社法22条1項の類推適用を認めた事例

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Xが、Y1との間で金銭消費貸借契約を締結し貸し付けたが、Y1が返済しないため、Y1に対し支払を求めると共に、Y2(名称はY1の名称に「ジャパン」付けたものであった)がY1から事実上の事業譲渡を受け、Y1の商号を続用していると主張し、会社法22条1項の類推適用などにより支払を求めました。本判決は、以下のように説示して、Xの請求を認めました。
「Y1がY2と本件業務提携契約を締結したのは、・・・Y1の経営状態が悪化したことから、Y2において各種調査業務を行って収益を確保し、調査スタッフに対し報酬の支払を行う必要があったためであると推認される。そして、本件事業委託契約締結後、Y1が取引先等に告知することなくウェブサイト及び電話回線を廃止し、その業務をY2の事務所において行うこととし、更に本社事務所を移転していることや、調査スタッフに対してY2との業務委託契約締結を依頼し、Y2から報酬を支払うこととしたことなどの事情も併せ考慮すれば、Y1は、・・・Y2に対し、当時行っていた調査業務について、組織化され有機的一体として機能する財産を事実上譲渡したものと認めることができる。
・・・次に、Y2がY1の商号を続用したといえるか否かについて検討する。・・・会社法22条1項が、業譲渡の譲受会社のうち、商号を続用する者に対して譲渡会社の債務を弁済する責任を負わせた趣旨は、営業の譲受会社が譲渡会社の商号を続用する場合には、従前の営業上の債権者は、営業主体の交代を認識することが一般に困難であることから、譲受会社のそのような外観を信頼した債権者を保護するためであると解するのが相当である。・・・まず、「株式会社●ジャパン」の商号は、「株式会社●」の商号のうち、「●」という主たる構成部分に同一性が認められる。また、・・・Y2のシンボルマークは、Y1のシンボルマークと同一ではないものの、Y2は、Y1と同様、商号の主たる構成部分である「●」を英語表記したときの頭文字であるアルファベットの「R」を、青色を基調としてデザイン化したものをシンボルマークとして用い、ウェブサイトや代表取締役の名刺等に表示していた事実が認められ、両社の商号の類似性と相俟って、「株式会社●」という営業主体がそのまま存続しているとの外観を作出していたものということができる。・・・ そうすると、Y2が、Y1の商号の主たる構成部分である「●」を引き続き使用したことは、商号を続用した場合にあたるというべきであり、Y2は、会社法22条1項の類推適用により、Y1のXに対する債務を弁済する義務を負うものと解するのが相当である。

東京地判H25.2.1(商法17条の事案) 「社団法人●●音楽文化協会」→「一般社団法人●●音協」

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譲渡人甲と譲受人Yの商号を比較すると、「甲は「社団法人」、Yは「一般社団法人」であって法人の種別が変更していること及び法人の種別を除いた部分の甲の商号は「●●音楽文化協会」、Yの商号は「●●音協」であって、完全に一致するものではないことが認められる。しかしながら、他方で、証拠・・・によれば、甲は、Y設立以前から、自らを「●●音協」と略称して使用し、その取引先及び利用者においても、「●●音協」と認識されていたことからすれば、甲の商号の要部は、「●●音協」であるというべきであり、Yの商号である「●●音協」と一致することからすれば、営業譲渡を行った会社の債権者は、営業主の交替を知り得ないし、またこれを知ったとしても、自己に対する営業譲渡会社の債務は営業譲受会社が引き受けたものと信頼するのが通常の事態と考えられるものと解するのが合理的である。以上によれば、甲の商号とYの商号は、いまだ商号の同一性を失わないものと解するのが相当である。

東京地判H27.10.2 譲渡会社の英語表記の略称を譲受会社が商号とし利用したことにつき、会社法22条1項の適用を認めた事例

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銀行Xが、甲社の事業を譲り受け、その標章を続用しているとして、Yに対し、会社法22条1項の類推適用に基づき、甲社に対する貸付金の支払を求めたのが本件です。Yは、甲社の商号そのものではなく、甲社の英語表記の略称として使用していたものを、商号としていました。事業譲渡の有無も争いになっていますが、本判決は事業譲渡があったものと認定したうえで、以下のように説示してXの主張を認めました。
「Yは、甲がかねてより英語表記の略称として用いていた「D●P」という名称を商号とし、また、甲がかねてより使用していた本件標章を使用しているものであるところ、「D●P」という名称は甲という営業主体を表すものとして業界で浸透し、ブランド力を有するに至っており、また、本件標章はそのブランドの象徴として利用されてきたものと認められる。そして、一般に標章には、商号と同様に、商品等の出所を表示し、品質を保証し、広告宣伝の効果を上げる機能があるということができるところ、Yは、本件標章を従業員の名刺、ホームページのほか、顧客に交付する提案資料等に表示していたことが認められ、Yが、甲の略称である「D●P」を商号の主たる部分としていたことと相まって、甲という営業主体がそのまま存続しているとの外観を作出していたものということができる。
 そうすると、甲の略称である「D●P」を商号の主たる部分とするYが、甲が使用していた本件標章を引き続き使用したことは、商号を続用した場合に準ずるものというべきであるから、Yは、会社法22条1項の類推適用により、甲のXに対する債務を弁済する責任を負うものと解するのが相当である。」

⑶ 商号の続用はなかったものの、屋号(例えば旅館名)などの続用への(類推)適用を認めた裁判例

裁判例商号続用の具体的な内容(「甲」には具体的な名称が入ります。)
東京地裁S54.7.19株式会社甲からホテル事業を譲り受けたA社が、ホテルの名称を「甲」とした
東京高裁S60.5.30有限会社甲園から事業譲渡を受けたA社が、屋号「甲園」を継続して使用した
東京高裁H1.11.29「有限会社甲ホテル」からホテル事業を譲り受けたA社が、屋号「甲ホテル」を継続して使用した
東京地裁H12.9.29「株式会社甲ゼミナール」から事業譲渡を受けたA社が、「甲ゼミナール」という屋号を継続して使用した
長野地裁H14.12.27A社から事業譲渡受けたB社が、従前の屋号「甲カラオケハウス」を継続して使用した
最判H16.2.20ゴルフ場「甲カントリークラブ」を運営していたA社から事業譲渡を受けたYが「甲カントリークラブ」という名称はそのまま継続して使用した。
本判決は「預託金会員制のゴルフクラブの名称がゴルフ場の営業主体を表示するものとして用いられている場合において、ゴルフ場の営業の譲渡がされ、譲渡人が用いていたゴルフクラブの名称を譲受人が継続して使用しているときには、譲受人が譲受後遅滞なく当該ゴルフクラブの会員によるゴルフ場施設の優先的利用を拒否したなどの特段の事情がない限り、会員において、同一の営業主体による営業が継続しているものと信じたり、営業主体の変更があったけれども譲受人により譲渡人の債務の引受けがされたと信じたりすることは、無理からぬものというべきである。したがって、譲受人は、上記特段の事情がない限り、商法26条1項の類推適用により、会員が譲渡人に交付した預託金の返還義務を負うものと解するのが相当である。」として、Yは会員が譲渡人甲社に交付した預託金の返還義務を負うのが相当であるとした。
東京地判H31.1.29Aのブランドの象徴としてその事業主体を表示する機能を有する標章として「甲」を用いていたA社から事業譲渡を受けたB社が、「甲」の一部をその商号に用いた

⑷ 商号の続用ないし類推適用を否定し、譲受会社の責任を否定した裁判例

裁判例商号続用の具体的な内容(「甲」には具体的な名称が入ります。)
最判S38.3.1「有限会社甲」が「合資会社新甲」に事業譲渡した。
なお、第1審、控訴審は商号の続用を認めていたが、最高裁は「会社が事業に失敗した場合に、再建を図る手段として、いわゆる第二会社を設立し、新会社が旧会社から営業の譲渡を受けたときは、従来の商号に『新』の字句を附加して用いるのが通例であつて、この場合『新』の字句は、取引の社会通念上は、継承的字句ではなく、却つて新会社が旧会社の債務を承継しないことを示すための字句であると解せられる。本件において、上告会社の商号である『合資会社新米安商店』は営業譲渡人である訴外会社の商号『有限会社米安商店』と会社の種類を異にしかつ『新』の字句を附加したものであつて、右は商法26条の商号の続用にあたらないと解するのが相当である。」として原判決を破棄した。
大阪地判S43.8.3個人商店「甲家具マート」が設立された「有限会社四日市甲家具」に事業譲渡した
名古屋地判S60.7.19「株式会社甲商店」が「株式会社中部甲」に事業譲渡
東京地判S60.11.26「株式会社甲」が「協同組合甲チェーン」に事業譲渡
東京地裁H18.3.24A株式会社が「甲」の屋号で行っていた店舗につき、有限会社甲が事業譲渡を受けた。なお、最判H16.2.20については、「当該判例はゴルフ場に関するものであり、ゴルフ場の会員権取引においては、一般的に運営会社の商号よりも屋号に相当するゴルフ場の名称が流布されるという特殊事情が存在し、続用されるゴルフクラブの名称が逆に営業主体を表示する機能を有しているから、本件とは事案を異にするといわざるを得ない。」としています。