このページは、事業譲渡ににおける、譲受会社側の手続及び義務について説明しています。記載は取締役会設置会社を前提とします。また、金融商品取引法上の規制、上場会社に関する規制や振替株式には触れていません。

譲受側は、他の会社の事業の全部を譲り受ける場合は原則として株主総会決議等が必要ですが(会社法467条1項3号)、一部の事業のみを譲り受ける場合は、株主総会決議等は不要です。義務に関しては、譲渡会社の商号を続用する際に発生する義務が最も注意すべき点です。

1 標準的な事業譲受会社の手続等(条文は会社法)

標準的な事業譲受会社の手続は以下のとおりです。

株主総会決議や株主に対する通知又は公告が必要なのは、他の会社の事業の全部を譲り受ける場合のみです(会社法467条1項3号)。

一部の事業のみを譲り受ける場合は、株主総会決議や株主に対する通知又は公告は不要です。ただし、事後設立(=会社設立前から予定していたものを会社設立後に譲り受ける契約のこと。)に該当する場合は、株主総会の特別決議によって承認を得る必要があります(会社法467条1項5号、309条2項)。

時系列備考
トップによる事業譲渡の大筋合意必要に応じて公正取引委員会、金融商品取引所、監督官庁等との事前相談
LOI(基本合意書)締結にかかる取締役会承認適時開示、臨時報告書提出が必要な場合もある。
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取締役会承認(362条4項1号
⇒事業譲渡契約締結
LOI締結時に適時開示、臨時報告書提出を行っている場合は、適時開示の訂正及び訂正報告書の提出が必要となることがあります。
公正取引委員会への届出(独禁法16条必要な場合は、事業譲渡の効力発生日の30日前の日の前日までに届出。
基準日公告(124条3項株主総会の2週間前まで。なお、株主が少数であったり,非公開会社であれば基準日設定は一般的に不要。
株主総会の招集通知(299条1項)原則として総会の2週間前まで(公開会社でない場合は、原則として1週間前まで)。
株主総会の特別決議(467条1項3号、309条2項必要がある場合は、種類株主総会決議。種類株主総会の決議要件は、定款にしたがう。
株主に対する通知又は公告(469条3項、4項事業譲渡の効力発生日の20日前まで
反対株主の株式買取請求(469条事業譲渡の効力発生日の20日前の日から効力発生日の前日まで
事業譲渡実行日対抗要件具備等諸手続きを行う。

2 手続における例外

会社法上、以下の場合、株主総会決議は不要とされています。

⑴ 簡易な事業全部の譲受け

対価として交付する財産の帳簿価額の合計額が、譲受会社の純資産額の5分の1を超えない場合(これを下回る割合を定款で定めた場合はその割合)は、株主総会決議は不要です(会社法468条2項,会社法施行規則137条)。

ただし、469条3項4項に定める株主に対する通知・公告から2週間以内に、法務省令に定める数の株式を有する株主が反対する旨を通知した場合には、株主総会の決議が必要です(会社法468条3項)。

⑵ 略式事業譲渡

総議決権の10分の9以上(定款でそれ以上に定めた場合はその割合)を単独で又は全株式や全持分を有する法人と併せて保有する会社(孫会社等を含む。)から事業を譲り受ける場合は事業の全部譲渡であっても株主総会の決議は不要です(会社法468条1項)。

3 譲受会社の主な法律上の義務

譲受会社の主な法律上の義務は以下のとおりです。

⑴ 商号続用者の義務

譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合には、譲受会社も、譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負います(会社法22条1項)。

ただし、事業を譲り受けた後、遅滞なく、譲受会社がその本店の所在地において譲渡会社の債務を弁済する責任を負わない旨を登記した場合、又は譲受会社及び譲渡会社から第三者に対しその旨の通知をした場合は除きます(同条2項)。

この点は裁判例も多いところです。詳細については以下のリンク先をご参照下さい。

⑵ 債務を引き受ける旨の広告をすることによる義務

譲受会社が譲渡会社の事業によって生じた債務を引き受ける旨の広告をしたときは、譲渡会社の債権者は、譲受会社に対して弁済の請求をすることができます(会社法23条1項)。

債務を引き受ける旨の広告の具体的な内容については、以下のリンク先をご参照下さい。

⑶ 独占禁止法上の届出義務

一定の規模の事業譲受については、公正取引委員会に事業等の譲受に関する計画を届け出なければならず、かつ、(通常)届出後30日間事業譲渡が実行できません(独占禁止法16条2項、3項。10条8項)。

さらに、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合は、事業譲渡が禁止される場合もあります(独占禁止法16条1項)。

⑷ 開示義務等

上場会社の場合には適時開示が必要となる場合があります。
また、有価証券報告書提出会社の場合、臨時報告書の提出を要する場合があります。

⑸ 例外的に譲渡会社に発生する義務

譲受会社は、原則として、譲受会社の従業員を雇用する義務は発生しません。ただし例外的に、譲受会社と譲受会社の運営体制にほぼ変わりがない場合、譲渡会社の従業員を譲受会社で試用期間を設けて雇用することが試用期間制度の濫用とされることがありますので留意が必要です(熊本地判H30.2.20 控訴後和解)。

熊本地判H30.2.20  譲受会社が譲渡会社の従業員を試用期間付の採用をしたことが、試用期間制度の濫用とされた事例

裁判例の詳細を見る
Xは特定非営利活動法人(NPO法人)甲との間で、期間の定めのない正職員雇用契約を締結して、認可保育園Aで就労してきた。甲は経営状況が悪化したため、甲の理事が代表者となって設立された社会福祉法人Yは、認可保育園「A1園」を設置運営し、AはA1に事業譲渡をした。XもYと雇用契約を締結することとなったが、Yは試用期間を設定したうえでXを雇用し、試用期間満了によりXを解雇したため、XはYに対し、労働契約上の地位の確認を求めるなどして提訴したのが本件です(その他の論点は省略)。本判決は以下のように説示して、Xの請求を概ね認めました。
Yと甲は代表理事と理事が相互に共通しており、旧保育園と本件保育園の経営陣はほぼ同一である。また、・・・で認定のとおり、甲は何らの対価関係もなく保育事業をYに譲渡しており、・・・、甲とYは実質的に同一事業者であるものといえる。
 ・・・試用期間の定めが有効とされる理由は、雇用契約において、採否決定の当初は労働者の適格性の有無について必要な調査を行い適切な判定資料を十分に収集できないため、後日の調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨で一定の合理的な期間解約権を留保する試用期間を定めることが合理的である点にある。
 本件においては、・・・Yは、甲人から旧保育園に係る事業の譲渡を受けたものと認められ、Xは、事業譲渡を受けた本件保育園において保育士としてYに雇用されたものである。そして、Xは・・・甲との雇用関係に基づいて、旧保育園の保育士として2年以上勤務している。また、前記認定のとおり、甲とYとの間では代表理事と理事が相互に共通しており、旧保育園と本件保育園の園長はいずれもY代表者であり、運営体制も従前の体制とほぼ変わりはなく、保育事業の譲渡も無償で行われる等、保育事業の点においては、実質的に同一の事業者であると認められる。したがって、Yは、Xを雇用するにあたり、原告の保育士としての適格性を判断するための情報は十分に把握していたものといえ、XとYとの雇用関係において、使用者の解約権を留保するための試用期間を定める合理性はない。
 ・・・YがXとの試用期間満了により留保解約権の行使として原告を解雇することは、甲において無効な解雇を、Yにおいて有効な解雇として転換することに他ならず、試用期間制度を濫用するものといわざるを得ない。したがって、Yが留保された解約権の行使としてXを解雇することは試用期間制度の濫用であって認められ」ないとしました。