このページは、役員退職金支給の留意点について説明しています。

退職金を支給する場合には、まず退職の事実が認められる必要ががあります。退職したとしつつ、実際には従前通り会社に関与している場合には、退職金とは認められません。
次に金額が適正なものであることが必要です。この点は、特に税務上の規制が重要になります。
最後に、手続上も留意するべき点があります。

1 退職金の定義(退職の事実の必要性)

⑴ 退職金とは

退職金とは、「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与」(所得税法30条1項)を指します。なお、支給される際の名義としては「退職金」以外にも「退職手当」「退職慰労金」「退職給与」とされる場合もあります。

退職金規定に基づかないで支払われる場合もありますが、実態が「退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与」に該当するのであれば退職金となります。
仮に、損金算入した退職金(の一部)が税務調査で否認された場合は、法人税の計算上、損金不算入になるとともに、受給者の側でも退職所得ではなく給与所得として所得税の課税がなされます。

⑵ 退職の事実の必要性

ア 問題点

退職金を損金算入するためには、原則として会社を実際に退職することが必要であるとされています。しかしながら、特に中小企業の場合は、退職金を受領した後も、現経営者が会社に一定の関与を継続することが多いです。この場合分掌変更(役割変更)に伴い、実質的に退職したと同様の事情にあると認められれば、税務上、退職金として扱われることになりますが(法人税基本通達9-2-32)、どの程度の関与であれば損金算入が可能となるかは、必ずしも明確ではありません。

裁判例を分析すると、分掌変更に伴う役員退職金を損金算入するための要件としては、①「退職した」と同様の事情にあると言えること、②分掌変更後法人の経営上主要な地位を占めていないこと、③分掌変更後その役員の給与が激減(おおむね50%以上の減少)しているといえること、が必要とされているようです。

イ 損金算入を否定した裁判例

東京高判H29.7.12
X社が前代表取締役Aに支払った退職金について、損金算入の可否が争われた事件です。Aは、退任後月額報酬が退任前の3分の1程度になったものの、取締役の地位にとどまっていました。本判決は、Aは「代表取締役を退任した後も、引き続き相談役としてXの経営判断に関与し、対内的にも対外的にもはXの経営上主要な地位を占めていたと判断される」としたうえで、「役員としての地位又は職務の内容が激変せず、実質的に退職したのと同様の事情にあるとは認められない場合についてまで退職に該当すると解することは、・・・相当でない。」などとして、損金算入を認めませんでした。

東京地判H17.2.4(控訴棄却、上告受理申立不受理)
X社が前代表取締役Aに支払った退職金について、損金算入の可否が争われた事件です。本判決は「Aは、Xの代表取締役を辞任した後も、常勤の取締役であって、Xの経営権を握ったまま、実際上は、従前と同様又はそれに近い程度に、従前Xの代表取締役として行っていた業務を行っており、Xの経営の中心となっていたと認めるのが相当である。」「Aとしては、代表取締役の辞任により、Xの経営の中心から外れて、非常勤の役員となるというつもりは毛頭なく、・・・かつ、Xに多額の益金が発生しそうであったため、退職給与の形で、一郎への給付を行ったものであると認めるのが相当である。そうすると、一郎に対する役員報酬の額が、一郎が原告の代表取締役を辞任した前後で半減していることは、・・・認定判断を左右するものではないというべきである。」などとして、損金算入を認めませんでした。

大阪高判H18.10.25
X社が前代表取締役Aに支払った退職金について、損金算入の可否が争われた事件です。本判決は「甲は、Xの主要な取引先であるということができる。そして、・・・甲との取引において、クレーム処理を即決できるのはAしかおらず、・・・Aが甲への納品やクレーム処理を担当していたこと、・・・Aが1人で年始の挨拶に出向いたこと、・・・Aが、主要な取引先である甲との取引で、クレーム処理のような実質的対応を含む重要な業務を担当していたことは明らかである。・・・これらの事実に加えて、上記のとおり、Aは、・・・常勤の取締役としてXに留まり、新代表者のBと同額の報酬を得ていることを総合すると、Aは、・・・常勤の取締役として、Xの売上げの相当程度を占める主要な活動について重要な地位を占めていたというべきであって、Aにつき、役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情があると認めることはできない」として損金算入を認めませんでした。

神戸地判H23.9.30(大阪高判H24.3.2.23 控訴棄却)
X社が、A生命保険相互会社との間で、約27年間Xの取締役を務め、代表取締役に就任し、現在も代表取締役を務める甲を被保険者とする養老保険契約を締結し、同契約の満期による金員を甲に支払い、甲の退職給与として扱い、損金に算入して法人税の申告をしたところ、当局から役員賞与に該当し損金の額に算入することはできないとして、法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたことをXが争った事件です。本判決は「甲は、本件金員の支払を受けた後もXの代表取締役として勤務を続けており、その職務内容等が変更されたと認められる事情もないのである」などとして、損金算入を認めませんでした。

京都地判H18.2.10(大阪高判H18.10.25 控訴棄却  最判H19.3.13 上告棄却)
役員退職の事実がないとして、損金算入を認めませんでした。

ウ 損金算入を認めた裁判例

大阪地判H20.2.29(大阪高判H20.9.10 控訴棄却)
本件は、Xの使用人であったAら6名がその執行役に就任するに当たり、Xが、同人らに対してその就業規則及び退職金規程に基づく退職金として支払った金員を所得税法30条1項にいう「退職所得」に該当するとして所得税を源泉徴収し、これを国に納付したところ、当局から否認されたため争ったところ、本判決は執行役への就任をもって従業員を退職したことを認めました。

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「一般に、使用人は、就業規則の不利益変更の原則禁止(最高裁昭和40年(オ)第145号同43年12月25日大法廷判決・民集22巻13号3459頁参照)、解雇権の権利濫用法理による制限(労働基準法18条の2参照)等によってその身分や賃金等の労働者としての権利を保障され、雇用保険制度や労働者災害補償保険制度等の福利厚生を享受することができるなど、労働法上の法的保護を受けられるのに対し、執行役は、上記のような労働法上の保護は受けられず、かえって、法律上任期が定められている(商法特例法21条の13第3項)上、いつでも取締役会の決議をもって解任され得る(同条6項。ただし、同条7項参照。)などその身分は保障されておらず、報酬の内容は報酬委員会の個人別の決定によることとされている(商法特例法21条の8第3項、同法21条の11)。さらに、執行役は、会社に対して善管注意義務(商法特例法21条の14第7項4号、商法254条3項、民法644条)及び忠実義務(商法特例法21条の14第7項5号、商法254条の3)を負い、そのため、任務懈怠の際には会社に対して損害賠償責任を負う(商法特例法21条の17)とともに、株主代表訴訟の被告適格を有する(商法特例法21条の25第2項、商法267条)など、その業務執行についての責任追求を受ける危険を負っているということができる。そうとすれば、会社の使用人がその執行役に就任する場合、会社の規模、性格、実情等に照らし、当該身分関係の異動が形式上のものにすぎず、名目的、観念的なものといわざるを得ないような特別の事情のない限り、その勤務関係の基礎を成す契約関係の法的性質自体が抜本的に変動し、その結果として、勤務関係の性質、内容、労働条件等に重大な変動を生じるのが通常であるということができる(所得税基本通達30-2(2)が使用人から役員になった者に対しその使用人であった勤続期間に係る退職手当等として支払われる給与を掲げているのも、これと同様の考え方に基づくものと解される。)。そして、前記認定のAらの執行役就任時における原告の会社としての性格及び規模、原告における役員の位置付け及びその構成、従業員の役員への就任状況、給与体系の変更内容、給与支給額の変動状況、Bらの執行役就任時に採られた各種手続等にかんがみれば、Bらの身分関係の異動がその実質を有するものであることことは明らかである。したがって、AらとXとの間の勤務関係については、Aらの執行役就任により、その性質、内容、労働条件等において重大な変動を生じたというべきであり、執行役就任後の勤務関係は、実質的にみて、執行役就任前の勤務関係の単なる延長とみることはできないというのが相当である。

東京地判H20.6.27
同族会社X1は、同社の代表取締役X2が退任し監査役に就任した際に退職金を支払ったところ、課税当局Yが実質的に退職したということはできないとして更正処分等を行ったため、Xらが更正処分等の取消しを求めた事案です。本判決は「退職所得とは、退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与に係る所得をいうところ(所得税法30条1項)、法人の役員が実際に退職した場合でなくても、役員の分掌変更又は改選による再任等により、役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められる場合には、上記分掌変更又は再任の時に支給される給与も『退職により一時に受ける給与』に該当するものとして、同給与に係る所得も退職所得として扱うのが相当である(本件所得税通達参照)。・・・前述のとおり、原告X2は、・・・X1の代表取締役を退任し、かつ取締役を辞任して、監査役に就任することで、役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められる。そうすると、本件退職給与は『退職により一時に受ける給与』に該当し、原告X1の本件退職給与に係る所得は退職所得に当たるというべきであって、Y主張のようにこれを給与所得ということはできない。」として、Xらの請求を認めました。

長崎地判H21.3.10
同族会社Xにおいて、代表者Aの妻Bが取締役を退任し、監査役に就任した際に支払った退職金について、退職の有無が争われたのが本件です。本判決は、「取締役及び監査役と株式会社との関係はいずれも委任関係にあるものの(平成17年法律第87号による改正前の商法254条3項、280条1項)、委任の内容は、取締役が業務執行の意思決定及び業務の執行であるのに対し、監査役が取締役の職務執行の監査である・・・。そうすると、取締役を退任し、監査役に就任することは、株式会社との委任内容等が異なるので、原則として、地位又は職務の内容が激変したということができる」とし、実際にも職務内容に具体的変化があったとして、退職金に該当するとしました。

京都地判H23.4.14
学校法人Xが、Xの理事長かつXの設置する学院の校長の地位にあった甲に対して退職金を支払ったところ、課税当局が、甲が理事長を継続していたことなどを理由としてXを退職した事実は認められず給与所得に当たるなどとして賦課決定処分等を行った事案です。本判決は「甲は、・・・70歳を迎える平成14年ころの引退を希望しており、権限交代に伴う混乱を避けるため、平成6年には乙を学院長室長に就任させ、甲の学院長としての職務を補佐させるなどして段階的に権限委譲を図っていた。そして・・・甲は、平成15年秋ころ、甲が学院長として行っていた学校運営上の事務に係る職務及び権限を実質的にはほぼすべて統括本部長である乙に委譲した上・・・12月末日をもって手続的にも学院長の地位を辞した。」「平成15年12月末日までの甲の職務は、学院長としての職務がその大半を占め、理事長としての職務の負担はそれほど大きくなかったことが認められるから、理事長職を継続していたことは、平成15年12月末日の前後において、甲の職務に大きな変動があったとの認定を左右しない。」と細かい事実認定により、Xの主張を認めました。

⑶ 従業員について退職金規定に基づく支給が退職金として認められなかった事例

役員の事例ではありませんが、従業員について「退職金」に該当されないとした判例を、ご参考までにご紹介致します。所得税では退職金の税率が優遇されていることから、所得税法の解釈として争われることが多く、以下の判例も、所得税法に関する判例になります。退職金に該当するか否かは、名目でなく実態を見て判断をされます。

最判S58.9.9(5年定年制事件)
X社は、従業員の勤務年数が満5年に達するごとに退職金を支給する旨及び、退職金の算定にあたつては既に支給した退職金の算定の基礎とされた勤務年数は算入しない旨を定めた給与規定がありました。X社が勤務年数が5年に達した従業員に支給した退職金名義の金員が、退職所得に該当するか否かが争った事件において、本判決はて「ある金員が、右規定にいう『退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与』にあたるというためには、それが、(1)退職すなわち勤務関係の終了という事実によってはじめて給付されること、(2) 従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払の性質を有すること、(3)一時金として支払われること、との要件を備えることが必要であり、また、右規定にいう『これらの性質を有する給与』にあたるというためには、それが、形式的には右の各要件のすべてを備えていなくても、実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合し、課税上、右『退職により一時に受ける給与』と同一に取り扱うことを相当とするものであることを必要とすると解すべきである。」として退職所得は認めませんでした。

最判S58.12.6(10年定年制事件)
甲社には従業員が満55歳又は勤続満10年に達したときに定年となる旨の就業規則の定め及び退職金規程があり、Xらが勤続満10年に達したことを理由として退職金名義の金員の支給を受けたが、Xらは役職、給与、有給休暇の日数の算定等の労働条件に変化がないまま勤務を継続していました。このような場合にも退職所得して認められるかが争われたところ、本判決は「右のように継続的な勤務の中途で支給される退職金名義の金員が、実質的にみて右の三つの要件の要求するところに適合し、右『退職により一時に受ける給与』と同一に取り扱うことを相当とするものとして、右の規定にいう『これらの性質を有する給与』にあたるというためには、当該金員が定年延長又は退職年金制度の採用等の合理的な理由による退職金支給制度の実質的改変により精算の必要があって支給されるものであるとか、あるいは、当該勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動があって、形式的には継続している勤務関係が実質的には単なる従前の勤務関係の延長とはみられないなどの特別の事実関係があることを要するものと解すべき」としました。

2 退職金の適正支給額

⑴ 考え方

退職金が一定額認められるとしても、当然に全額が税務上の損金として認められるわけではありません。認められるのは適正支給額のみで、適正支給額を超える部分は否認される可能性があります。

法人税法や基本通達から、適正支給額は明確とは言えませんが、一般的に、(平均)功績倍率法という計算方法が税務上妥当とされています(東京高判H25.7.18)。功績倍率法は退任時報酬月額×在職年数(勤続年数)×功績倍率(役位係数)で計算を行います。
さらに功労加算金が認められケースもあります(参考裁判例:東京地判S46.6.29、大分地判H21.2.26
なお、退任時報酬月額については、例えば最終年度だけ極端に増加しているような場合は、税務上否認されるリスクがあると考えられるので注意が必要です(高松地判H5.6.29、大分地判H21.2.26)。また、比較法人の役員給与との差が問題となる事案もあります(東京地判H28.4.22)。

功績倍率法以外の計算方法としては、同業類似法人の1年あたりの役員退職給与額(=役員退職給与÷在職年数)×在職年数で計算する方法(1年当たり平均額法)もあり、平均功績倍率法でなく、こちらが適切な方法とした裁判例もあります(東京地判R2.3.24)。

⑵ 参考裁判例

ア (退任時)月額報酬に関する裁判例

高松地判H5.6.29実際に支払われていた月額報酬を超える金額を認定した裁判例
Xが死亡退職をした甲に対する支払った死亡退職金の金額の適否が争われました。月額報酬について本判決は「甲の役員報酬月額5万円は甲の功績を適正に反映したものとしては低額に過ぎ、甲の適正報酬月額は、X代表者乙の報酬月額平成元年8月分75万円と同年9月分90万円の平均額82万5000円の2分の1の額の41万2500円と認めるのが相当である。」としました。

大分地判H21.2.26過去の月額報酬などから、原告の主張を認めた裁判例
平成14年に死亡したX社の元代表者Aの役員報酬は、平成11年3月までの15年近くにわたり、月額150万円であったのが、同年4月以降、月額120万円に、さらに、平成13年4月以降、月額88万円に引き下げられていたが、平成14年4月に同年1月に遡って月額150万円に増額されため、退職金の計算において、月額150万円で計算することが妥当か否かが争われました。本判決は「創業者としてXに対するAの功績があることは明らかであること・・・に加え,・・・平成14年に増額された役員報酬月額は平成11年3月以前の15年近くにわたって維持されていた金額に戻ったにすぎず、増額されたことについて不合理ということはできない」などとして、月額給与150万円とし計算することを認めました。

福岡高判H25.6.18:最終報酬月額を使うのが妥当とした裁判例
役員の最終報酬月額は、役員在職中における法人に対する功績の程度を最もよく反映している」という判断を誤りとする原告Xの主張につき「Xにおいては、前代表者に対する役員報酬について、平成12年8月1日より月額50万円に変更され、以後本件事故により前代表者が亡くなった平成18年11月までの6年以上の間、役員報酬の変更は行われなかったことに加え、過去にはこれよりも高い月額80万円の役員報酬が支払われたこともあったが、これは代表者勘定を利用した粉飾決算によるものであったことからすれば、上記主張は採用できない。」と説示しました。

東京地判H28.4.22(控訴棄却):比較法人の月額報酬の最高額により計算することが妥当した裁判例
X社が、元代表取締役Aに退職金を支払った際の計算における最終月額給与について、税務当局は類似法人から抽出した比較法人がそれぞれ支払う代表取締役の給与のうちの最高額を平均したものを超える部分について争いました。本判決は「代表取締役に対する役員給与の最高額について、比較法人4法人のうち上位2法人と下位2法人との間に大きな乖離がみられ、しかも、その平均額についても各比較法人の代表取締役に対する役員給与の最高額との間に大きな乖離がみられるという状況であるところ、上記のようなAのX告における従前の職務の内容等に照らすと,Xの経営や成長等に対する相応の貢献があったというべきであって、その職務の内容等が代表取締役として相応のものであるとはいえない特段の事情があるとは認められないから、Aの代表取締役としての役員給与のうち、上記の平均額を超える部分が、不相当に高額な部分の金額であるとすることはできない。そして、上記のとおり、比較法人の代表取締役に対する給与について、不相当に高額な部分の金額があるとはいえない本件においては、Aの役員給与が上記の最高額を超えない限りは,不相当に高額な部分の金額があるとはいえないと解すべきである。」として、比較法人の月額報酬の最高額により計算することが妥当と判示しました。

イ 在職年数に関する裁判例

在職年数については、事業開始後に途中で「法人成り」したような場合に、法人成りする前の期間を入れることが可能かどうかが争われることが多いです。以下の裁判例があり、参考になります。

福島地判H4.10.19
Aの父Bが開業した個人病院を、Aが引き継ぎ「法人成り」して医療法人Xとした後、当該法人の理事をしていたAの母Cが死亡した。XのCに対する死亡退職金を計算する際に、個人経営時に業務に従事した期間を入れられるか否かが争点となりました。本判決は「役員に対する退職給与のうち、①法人経営時の在職期間に対応する部分で、相当と認められる金額は法人の損金に算入され、②個人経営時の在職期間に対応する部分で、個人事業主の事業所得の計算上必要経費として認められる金額はその最終年分の事業所得の計算上必要経費に算入されるべきであるが、法人設立後相当期間の経過後であれば、便宜右②の部分も法人の損金に算入することが認められることになる。」としつつ、「Cの場合、『法人成り』する以前の個人事業(B及びC)当時、所得税法57条1項に規定する青色事業専従者であったのであるから、個人事業主であるB及びAから、それぞれの個人事業の廃業時点で退職給与が支払われたとしても、同法56条により、個人事業主と生計を一にする親族に対する対価の支払として、個人事業主(B及びA)の事業所得の計算上必要経費に算入することはできないものであるから、仮に法人設立後相当期間の経過後であっても、当然に、『法人成り』した原告の損金と認めることはできない。」として、法人成りする前の期間は算入できないと判示しました。

ウ 功績倍率(功労加算)に関する裁判例

裁判では、平均功績倍率(同業類似法人の役員退職給与の支給事例における功績倍率の平均値を使う方法)が妥当か、平均値を超える功績倍率を使う計算方法が認められるかが争われることが多い。課税庁は平均功績倍率を主張し、近時の裁判例は平均功績倍率が妥当とし。、平均値を超える功績については、別途功績加算で検討すべきとする判断が趨勢のようです。実務上、平均功績倍率として「3.00」が一つ目安となっているという指摘もあるが、平均値を算出する対象企業によっては、「3.00」を下回ることもある(東京地判R2.2.19など)ので、注意が必要です。

【平均功績倍率を妥当とした裁判例】

東京高判H25.7.18
税務当局が平均功績倍率すべきとしたのに対し、Xは同業種類似法人の最高功績倍率を使うべきとして争いました。本判決は「平均功績倍率法は、その同業類似法人の抽出が合理的に行われる限り、法36条及び施行令72条の趣旨に最も合致する合理的な方法であって、同業類似法人の抽出基準が必ずしも十分ではない場合、あるいは、その抽出件数が僅少であり、かつ、当該法人と最高功績倍率を示す同業類似法人とが極めて類似していると認められる場合など、平均功績倍率法によるのが不相当である特段の事情がある場合に限って最高功績倍率法を適用すべきところ、本件では抽出基準が必ずしも十分ではないとはいえないし、本件同業類似法人のうち最高功績倍率を示す法人・・・とXとが極めて類似していると認めるに足りる事情があるとは認められないことからすれば、最高功績倍率法を用いるべき場合に当たるとはいえない。」としてXの主張を認めませんでした。

東京高判H30.4.25
X社が代表取締役甲の功績倍率6.5で計算した死亡退職金を支払ったのに対し、課税当局が処分行政庁の調査に基づく本件平均功績倍率の3.26が妥当であるとして争われた事件です。原審(東京地判H29.10.13)は功績倍率について平均功績倍率法の1.5倍(=4.89)とすべきとしたのに対し国側が控訴したところ、本判決は「同業類似法人の抽出が合理的に行われる限り、役員退職給与の適正額を算定するに当たり、これを別途考慮して功労加算する必要はないというべきであって、同業類似法人の抽出が合理的に行われてもなお、同業類似法人の役員に対する退職給与の支給の状況として把握されたとはいい難いほどの極めて特殊な事情があると認められる場合に限り、これを別途考慮すれば足りるというべきである。」ところ特殊な事情は認められないとして、平均功績倍率法を妥当としました。

東京地判R2.2.19
Xの元代表者の税務上妥当な退職金を計算する際の平均功績倍率として1.06が妥当としました。

大分地判H21.2.26

【平均功績倍率を超える倍率を妥当した裁判例】

仙台高判H10.4.7:比較法人の最高功績倍率を使うことが妥当した裁判例
税務当局Yが、平均功績倍率2.30を使うべきとして争いました。本判決は「抽出された対象は4法人5事例にとどまり、これによって判明した功績倍率は1.30から3.18までの約2.45倍もの幅があることからすると、右の功績倍率の平均値である2.30に基づいて算出された相当額については、類似法人の平均的な退職金額であるということはできるとしても、それはあくまでも比較的少数の対象を基礎とした単なる平均値であるのにすぎないので、これを超えれば直ちにその超過額がすべて過大な退職給与に当たることになるわけでないのは当然であり、したがって、Y主張の右平均功績倍率に依拠して算定された金額をもって、これのみが合理性を有する数額であるとするのには無理がある。そして、右比較法人は相応の合理性を有する基準によって抽出されたものであるところ、そのうちの功績倍率の最高値3.18・・・こそが有力な参考基準となるものと判断する。」として比較法人の最高功績倍率を使うことが妥当と説示しました。

大分地判H21.2.26
X社の元代表者Aに支払った退職金につき、功績倍率3.5が平均功績倍率2.3を超えているとして争われました。功績倍率3.5については「本件については,特有の事情として、以下の点を指摘することができる。まず、Xと比較法人の業績を比較すると,売上金額こそ概ね倍半基準の範囲内だが,申告所得金額,総資産価額及び純資産価額のいずれの点でも原告が大きく上回るなど・・・Xは同業種・類似規模の法人に比して経営内容が良好である・・・・次に,本件のように比較法人数が少ないと,法人抽出の範囲・方法により法人数がわずかに異なるだけで平均値は容易に変動してしまう。・・・・また、被告が採用した比較法人5社の功績倍率は,・・・・は平均功績倍率である2.3の周辺に集中しているわけではなく,相応のばらつきを見せている。このような功績倍率の分布状況から考えても,平均功績倍率である2.3を超えれば,直ちに不相当に高額であるとするには疑問の余地がある。さらに,・・・創業者として多大な功労のあったAのような創業者の功労等,報酬額に相当の影響を及ぼすと考えられる事情は平均値算出過程で基本的に考慮されていない」として、功績倍率3.5で計算することが妥当としました。なお、Xは功労金についても損金算入できると主張していましたが、「Aに支給された役員退職給与のうち,比較法人の平均功績倍率及びAの創業者としての功績等固有の事情を踏まえて、功績倍率3.5で算出される範囲内の役員退職給与であれば相当であると認められるものの、これを超えた部分については名目の如何にかかわらず,過大な役員退職給与として損金算入を認めることはできない」とXの主張を認めていません。

エ 1年当たり平均額法で計算するのが適切とした

東京地判R2.3.24
X社が、同社の代表者甲の退職にあたり、最終月額報酬100万円×勤続年数×功績倍率8で計算した退職金の妥当性が争いとなりました。本判決は「本件元取締役は・・・役員報酬として月額25万円の支給を受けていたが、平成24年の退任の後である平成25年1月11日に、役員報酬の遡及的な追加支給がされ、その最終月額報酬額は・・・月額100万円とされた・・・100万円は、専ら本件役員退職給与の額の算定根拠を整える目的で決定及び支給されたものといわざるを得ない・・・     したがって,本件役員退職給与適正額の算定については、功績倍率を用いた方法によることが不合理であると認められる特段の事情があるといえ、1年当たり平均額法又は1年当たり最高額法が法人税法34条2項及び同法施行令70条2号の趣旨に合致する合理的な方法となるというべきである。」と説示したうえで「本件役員退職給与適正額の算定に当たり、1年当たり平均額を用いることが適切を欠くと認められる特段の事情があるとはいえないから、1年当たり最高額法の合理性を肯定することはできない。・・・1年当たり役員退職給与額の平均額を基に、本件元取締役の勤続年数を17年として1年当たり平均額により算定した額を、本件役員退職給与適正額と認めることができる。」としました。

3 退職金支給の手続き

⑴ 考え方

ア 原則

役員退職金を支給するためには、定款又は株主総会決議によって金額を定める必要があります(会社法361条、387条)。

イ 例外(役員退職金規程+取締役会への一任)

役員退職金規程があり、それを株主が容易に知ることができれのであれば、株主総会で具体的な支給額を決定せず、取締役会に一任することも許されるとされています(最判S39.12.11)。この場合、実務的には、役員退職金規程を制定したうえで、株主総会前に本社等で株主の閲覧に供するなどの措置が取られます。

役員退職金規程があっても、株主総会又は株主総会の決議に代わる全株主の同意が認められ無い限り、役員退職金の請求権は発生しないと解されています(最判S56.5.11、最判H15.2.11大阪高判H16.2.12)。また、一任を受けた取締役会で決議されない限り、役員退職金の具体的な請求権は発生しないと解されています(東京高判H12.6.21)。

役員退職金規程があっても、役員退職金規程の内容と異なる支給額を、株主総会決議で決定することは可能と解されています(東京地判S62.3.26)。

ウ 例外(取締役会から代表取締役への一任)

さらに適法に一任を受けた取締役会が代表取締役に再一任することも可能とされています(最判S58.2.22)。ただし、退職金規程は「単に支給しうる額の上限を定めるのみでは足りず、一義的に定まるものか、又は、裁量の幅が相当狭いものでなければなら」ず、規程が広範な裁量を認めていて、代表取締役が「裁量権を逸脱ないし濫用して不当に低額の退職慰労金を決定した場合には、その決定は違法であり、株主総会決議に基づき適正な内規に従った支給を受けるべき権利を有する退任取締役に対する不法行為を構成する」という裁判例があります(名古屋地判H14.1.17)。

エ 分割払いについて

資金繰りの都合などにより、損金算入したうえで未払金に計上することも可能であるが、分掌変更に伴い支払われる退職金を未払金等にした場合、原則として未払金とした期の損金算入が認められていませんので(法人税基本通達9-2-32)ので注意が必要です(東京地判H17.12.6)。
なお、分割払いの決定をした後、実際に分割分を支払った期の損金には算入できると解されます(東京地判H27.2.26)。

⑵ 分割払いに関する参考裁判例

東京地判H17.12.6(控訴棄却)
株主総会において前代表取締役に対する役員退職慰労金の支給を決議したX社が、当該事業年度においては未支給であったものの,これを損金の額に算入した上で申告をしたところ,課税当局から、退職金の損金算入が認められないとする更正処分等を受けたことから、取消しを求めましたが、本判決は「本件事業年度において支払われていない本件退職金については,本件事業年度における損金の額に算入することはできないというべきである。」としてXの請求を認めませんでした。

東京地判H27.2.26(控訴されず確定)
8月末決算のX社が、Xの創業者である乙がXの代表取締役を平成19年8月に辞任して非常勤取締役となったことに伴い、退職慰労金を2億5000万円支給することを決定し、まず平成19年8月31日にその一部を支払い損金算入し、翌平成20年8月29日に残額(判決文では「本件第二金員」と呼ぶ)を支払い同年8月8月期に損金算入をしたところ、課税当局が平成20年8月29日の支払いについては退職給与に該当せず損金の額に算入することはできないとする更正処分を行ったため、Xが取消しを求めました。本判決は「乙は、本件分掌変更により、原告の代表取締役を辞任して、非常勤取締役となっているところ、本件役員が原告の代表権を失い、その給与も半額以下となっていることに照らせば、乙は実質的にXを退職したと同様の事情にあるということができる・・・本件退職慰労金は、本件分掌変更に伴う退職慰労金として支給することが決議されたものであるから、本件退職慰労金が本件分掌変更によって初めて支給されるものであることは明らかであり、・・・本件退職慰労金が本件退職慰労金規程に基づいて支給されたものであることに鑑みれば、本件第二金員が従前の役員としての在任期間中における継続的な職務執行に対する対価の一部の後払いとしての性質を有していることも明らかである。」「本件第二金員は、本件退職慰労金の一部として支払われたものであり、法人税法上の退職給与(同法34条1項)に該当し、かつ、本件第二金員を現実に支払った平成20年8月期の損金の額に算入することができるというべきである。」